このブログは、水野ゆうき千葉県議(選出区:我孫子市)との裁判に関する一連の状況を、利害関係者である福嶋浩彦が広くお知らせするために立ち上げたものです。

2015年11月18日水曜日

はじめに(これまでの経過)


福嶋浩彦

 今年(2015年)4月の千葉県議会選挙において、候補者の水野ゆうき氏から我孫子市民のAさんへ送られてきた選挙用ハガキ(公選ハガキ)の応援者欄に、すでに昨年12月に亡くなっていた私の妻の名前が書かれていました。水野氏は事務所の「ミス」だったと説明し謝罪しましたので、Aさんも私も一度は了解しました。
 
 しかしその後、市議会議員の早川真氏がこの公選ハガキ問題を市議会で取り上げると、水野氏は市議会議事録や市ホームページ動画から質問の削除を要求し、松戸地方裁判所へ仮処分申し立てを行いました。
 私は、こうした水野氏の行動は言論の自由の抑圧になると考え公開質問状を出したのですが、水野氏はさらに、この件に関する私の発言を差し止めるという仮処分申し立てを同地裁に行いました。


水野氏の主な問題は以下の3点だと考えます。

1)言論の自由は民主主義において最も大切であるのに、政治家である水野氏が、自分への批判を封じるための申し立てを裁判所に行ったこと。

2)選挙で多くの票を得たのだから、より謙虚に市民の声を聞こうと考えるのでなく、自分への批判は自分に投票をした市民を愚弄するものでけしからんという思考回路になり、議員の特権意識がどんどん肥大化していること。

3)最初は謝罪したのに、それが議会や週刊誌で取り上げられると、妻の名前が書かれた公選ハガキは偽造で、初めから自分を陥れるために、私と市議会議員とハガキを受け取ったAさんらが仕組んだ策略だという、驚くような主張をしていること。

 なお水野氏は、上記の謝罪は私に強制されて行ったと主張しましたが、裁判所へ証拠として提出されたメールの記録で、同氏が自主的に、むしろ積極的に謝罪したことが明白になりました。
 また、私が亡くなった妻を謀略の材料にすることなど、絶対にあり得ません。水野氏は人の悲しみへの人間的想像力を、少しは働かせて欲しいと思います。

以下、この裁判に関する資料を掲載します。

○私(福嶋)が水野氏に宛てた公開質問状
○この公開質問状に対する水野氏の差し止め仮処分を受けて裁判所に提出した陳述書(同内容)
○差し止め仮処分における私の代理人(弁護士)の意見

2015年11月17日火曜日

続報 水野氏が仮処分訴訟を全て取り下げ

 水野ゆうき氏は、早川市議及び我孫子市に対する議事録取消し仮処分訴訟の取り下げ(10月26日)に続き、11月16日付で福嶋浩彦に対する発言禁止仮処分訴訟も取り下げました。水野氏の敗訴は確実でしたから、それを回避するための取り下げであることは明白です。
 福嶋代理人の佐藤典子弁護士がこうした事態になることを懸念して、「取下げをせず、堂々と裁判所の判断を受けるべきだ」という文書をこのブログに掲載したのは11月15日でした。然しながら、予想通り取り下げが実行されてしまったことをご報告します。
 水野氏が今後、この問題にどのようなけじめをつけるのか、注目したいと思います。

2015年11月15日日曜日

公開質問状



公開質問状(PDF版)はこちら



2015年7月31日
水野友貴県議への公開質問状
福嶋浩彦

 これまでの経過 今年4月の千葉県議会選挙で水野友貴さんが発送した選挙用ハガキの応援者欄に、昨 年 12 月に亡くなった私の妻の名前が記載されていました(ハガキを受け取った A さん から知人を介し私の元へ送られてきました)。その後、水野さんから謝罪がありました ので、私はこの問題は解決したと考えていました。 ところが、我孫子市議会6月定例会で早川真議員がこの問題を取り上げ、これに対し 水野さんは6月 23 日、我孫子市議会議長・副議長宛の「早川真議員に対する発言撤回 等申入書」(以下「申入書」と言います。 )を提出されました。 また、この経過が週刊ポストで報道されることとなりました。私はこの時、週刊ポストの記者から話を聞き、早川議員の質問と水野さんの申入書について初めて知りました。記事になるのは止められなかったので、出来る限りおかしな記事にならないよう、最終的には私も取材に応じましたが、とても苦痛な時間でした。もちろん、妻は被害者ですから悪く 書かれたわけではありませんが、不愉快で悲しい記事でした。
 さらに水野さんは7月になって、松戸地方裁判所に早川議員の発言取り消しを求める仮処分命令申立書(以下「申立書」と言います。 )を提出されました。水野さんの「申入書」や「申立書」は、自己弁護のためか、事実に反する記載が目立ちます。そして何より、 県議会議員の行動として疑問です。 一方、6月 25 日を境に、用件があれば水野さんの「担当弁護士」へ連絡するように とのことで、「申入書」などの内容に関し私がいくらメールしても、水野さんから返事 がまったく来なくなりました。 こうした状況であるため、公開で水野さんに質問状を出すことにします。以下の点に 誠意ある回答をお願いします。

質問事項

1  今回の選挙用ハガキが公職選挙法に抵触するか否かについて、早川議員と水野さんの見解が異なるわけですが、自分の見解と違う意見が市議会の公式な場で述べられたなら、堂々と市民の前で反論し、政治家同士の議論の中で自分の見解を訴えるのが筋だと思います。いかがお考えですか。
我孫子市選挙管理委員会事務局も、あくまで一般論としてですが、虚偽の記載があれば法に抵触する可能性があることを早川議員への答弁で認めており、政治家同士、きちんと議論してほしいと思います。
県議会議員が、市議会で発言があった自分の見解と違う意見を「名誉棄損」などとして、市ホームページにも掲載される議事録や動画から削除を求めるのは、市議会での自由な議論や市民の知る権利を抑制しかねない行為だと私は考えます。

2  「申立書」では、私が民主党政権において消費者庁長官を務めたことを指摘し、「こ れまで一貫して無所属という立場から、党派や政治家同士のしがらみに縛られず自由にものを言って地方政治に新風を吹き込むことを強調しつつ政治活動を行い、幅広い世代から支持を集めてきた」水野さんが、「民主党色の濃い福嶋氏」へ推薦依頼する ことなどあり得ないかのような記述があります。 しかし、私がまさに消費者庁長官の現職であった時、水野さんは市議会選挙に向けたパンフレット(討議資料)で私を顔写真入りで紹介し、「(福嶋氏に)深い感銘を受 ける。政治の師匠として福嶋氏に師事。」とアピールしています。 さらに、今回の県議選約4カ月前の昨年 12 月には、私は水野さんから要請を受け、 水野さんの後援会「我孫子ゆうき部」の忘年会で地方自治の話をしました。私は妻の 看病の合間をぬっての参加でした。 こうした経過は上記「申立書」の記述と、どう整合するのでしょうか? なお、私は2月 19 日、水野さんから「( 県議選出馬を決意したので)後援会長や父 とご挨拶にうかがえればと思います。お忙しいとは思いますが、何卒よろしくお願い いたします。」というメールをもらった際、出馬には反対と伝えました。

3  「申立書」で、「(福嶋氏が)本件県議選では民主党公認の飯塚市議を応援したよう である」というのも事実に反します。私は、我孫子選挙区ではどの候補の応援活動も 行っていません。なぜこのような記述をされるのでしょうか? 私は今回の統一地方選で、千葉県内に限らず他の選挙区では何人かの候補者を推薦 しましたが(多くは女性候補)、無所属か地域政党の候補者です。 私は民主党に対し、必要だと思えば積極的に協力をしますが、一定の距離は保ってきました(他の政党に対しても同じ)。水野さんのように民主党参議院選挙候補者に応募したり、民主党代議士の秘書を務めたりなど、民主党の内部で活動したことはあ りません。

4  「申入書」では、妻は水野さんの後援会「我孫子ゆうき部」のメンバーであり、「後援会のメンバーとしての立場から」水野さんへ知人を紹介したと書かれています。 これも事実と異なると思いますが、いかがですか。 妻は、「我孫子ゆうき部」の活動へ実際に参加したことは一度もありません。妻が 水野さんへ知人を紹介したのは、2011 年に水野さんが市議会議員になる前のことで す。つまり「我孫子ゆうき部」ができる以前です。その時のものが、今回のハガキに 使われたことになります。 普段は、政治活動などほとんど行わない妻が、水野さんへ何人かの知人を紹介した最大の動機は、私を「政治の師匠」だと宣伝している人が落選しては困るという思い でした。

5  「申立書」では、妻の名前が推薦人欄にあったのは、「実際には推薦人空欄のまま送達された公選ハガキ(選挙用ハガキ)に何者かが書き加えた」という可能性もあると述べています。その場合は、少なくともハガキを受け取ったAさんはウソをついていることになります。しかし、Aさんがウソをつく必要は全くありませんし、そもそもウソをつくような人ではありません。
私が手元にあった選挙用ハガキを水野さんにお見せしなかったのは、このハガキの所有者であるAさんの了解を取っていなかったからです。Aさんは極めて慎重に対応されていましたから、私も慎重な対応をしました。お見せできない理由は、はっきり水野さんへ伝えており、水野さんはその後にAさんと会われているのですから、その際、Aさんの了解を取ることはできたはずです。
そうした努力はせず、Aさんへ「此の度、公選葉書の発送に関し、当方の手違いが発生し、大変失礼をいたしました。」という文書まで送っておきながら、今になって上記のような記述をするのは、Aさんにきわめて失礼だと思います。 いかがでしょうか。

おわりに
水野さんは、市議会における早川議員の質問は女性議員が活躍することへの攻撃だと強調されているようです。しかし、私も全国のたくさんの女性議員と共に活動していますが、水野さん行動はむしろ、真剣に活動している多くの女性議員の足を引っ張るものになりかねないと考えます。
少なくとも最近まで水野さんに期待していた者として、もう一度、初心に戻って活動されることを願っています。
以 上

陳述書

平成27年10月11日



福嶋浩彦


1 経歴
 私は鳥取県生まれの59歳です。我孫子市議会議員を経て、1995年38歳の時、どの政党の推薦も受けず我孫子市長選挙に立候補し当選しました。その後は徹底して市民の力を生かした自治体改革に取り組みました。そして2007年、一人が長く首長を務めるのは良くないと考え、3期12年で退任しました。
 市長退任後は、中央学院大学教授として研究・教育に携わっていましたが、2010年に消費者庁長官へ就任し、消費者安全法の改正などに取り組みました。2012年、2年間の任期を終え、大学へ復帰しています。


2 水野氏とのかかわり

(1)市長退任後、フジテレビ「プライムニュース」に何回か出演した際、スタッフの1人だった水野友貴氏と、我孫子市在住同士ということで知り合いになりました。
 その後2010年、水野氏が私に相談があると言って、母親と共に大学にみえました。相談は、水野氏は民主党の参院選挙の候補者公募に応募したが、年齢が足らず立候補できない。衆院候補にも空きがない。どうしたら良いだろうか、という主旨でした。
 自治体議員という選択もあるのではと私が提案すると、本人も自治体議員を目指したいとの意向でした。そこで民主党本部の知人に聞いてみたところ、本人が希望するなら、本部から地方組織に紹介するとのことでした。
 後は民主党と本人のやり取りに任せましたが、松崎代議士の私設秘書になって、我孫子市議会選挙に備えるという報告が水野氏からありました。しかし、数ヶ月で退職したと聞きました。

(2)結局、水野氏は無所属で我孫子市議選へ立候補することになりました。選挙に向けたパンフレットの中で、私を「政治の師匠」として紹介し写真と共に掲載したいという要請があり、了解しました。
 しかし、私は現職の消費者庁長官でしたから、自らは応援活動を行いませんでした。推薦人にもなれませんでした。
これを見ていた私の妻は、普段は政治活動とは無縁なのですが、私のことを「師匠」と宣伝する人が落選したら困ると強く思い、力になってくれそうな知人を水野氏へ紹介し、水野氏と一緒に知人宅の訪問もしました。
 水野氏が当選して数カ月してから、私は妻に「選挙の時だけ応援して後は知らん顔というのは良くないのでは」と、水野氏後援会への入会を勧めました。当時、私は妻が入会したかどうかまでは確認しませんでしたが、いずれにしても実際に後援会の活動に参加することはありませんでした。今回、甲15号証で入会手続きだけはしていたことを確認しました。

(3)私はその後、水野氏へできるだけ勉強の機会を提供しようと、私が主宰する自主講座には必ず案内するようにしました。水野氏は前述のパンフレットで「福嶋氏に師事」とも書いていますが、事実ではありません。市議選の前、特別そうしたことはありませんでした。それを少しでも埋め合わせたいという気持ちもあり、案内しました。
 水野氏は「とても勉強になった」などと、いつも感謝の言葉を述べていたはずですが、今回の一連の主張を読むと、私の活動の人集めに協力してあげていたという意識だったようです。苦笑いする以外にありません。

(4)水野氏との交流自体は最近までありました。今年の我孫子市長選前の1月10日には、「福嶋先生が国や県と闘ってこられたことをあらゆる局面でしっており、その部分に私も大変共感をし尊敬をしております。」というメールも水野氏からきました。
 水野氏の私への態度が急変したのは、私が同氏の県議選出馬に反対してからだと認識しています。

(5)今年2月15日の勉強会(我孫子市検証プロジェクト)は、市長選挙が終わったので、政治的思惑に左右されず我孫子市政を冷静に検証しようと始めたものです。
 水野氏には人集めを頼んだのではありません。そもそも大学の小さな研究室を会場にした少人数の勉強会で、人集めするような会合ではありません。また、水野氏の関係者は参加者の一部でした。
 水野氏に依頼したのは、勉強会のゲストスピーカーです。実際、勉強会ではまず、水野氏の我孫子市政への評価を報告してもらいました。その後の議論では、私や北海道栗山町の元議会事務局長が問題提起をしました。「我孫子にはそもそも魅力がない」「条例は絵に描いた餅」という発言はありませんし、水野氏を名指して批判する場面も一切ありませんでしたが、水野氏は「屈辱を受けた」とのことです。
 しかし水野氏は、勉強会の場では一切、反論や意見を述べませんでした。これは大人の対応などといったものではなく、わざわざ意見を聞くために議論の場にゲストスピーカーとして招かれているのに、その役割を果たしていないことになります。
 さらに水野氏を勉強会後の懇親会に招待したところ、同氏は最後まで参加しました。ここでも、同氏からその日の勉強会の内容について苦情や疑問は出ず、むしろ和やかに談笑して、良好な雰囲気でした。


3 県議選の経過

 水野氏から今年2月19日、千葉県議会選挙に立候補を決意したので「一度後援会長や父とご挨拶にうかがえればと思います。お忙しいと思いますが、何卒よろしくお願いいたします。」というメールが送られてきました。私は翌20日、「申し訳ありませんが、私は全く賛成できません。」というメールを返信しました。
 その後2月21日、水野氏は父親や後援会長と共に中央学院大学にみえました。私の結論はすでに伝えていたので、「市の改革を投げ出すことになる」と、あらためて県議立候補に反対である理由を伝えました。


4 公選葉書について

(1)県議選で水野氏が○○○○○さん(Aさん)へ発送した公選葉書の応援者欄に、亡くなった妻の名前が記載されていたという連絡が□□□□さんからあり、4月17日に妻の名前が記載された葉書の現物が私の元へ届きました。
 その翌日、私が水野氏に「公選葉書についてお聞きしたい」とメールすると、「ご指定の日時にお伺いさせていただければと思います」と返信があり、4月20日に中央学院大学で会うことになりました。当日は、水野氏の両親と豊島庸一我孫子市議、さらに水野後援会の会員(当時)で私の友人でもある△△△△氏が同席しました。△△氏は私が要請し、水野氏に事前連絡の上、同席したものです。
 水野氏からは公選葉書の現物を見せて欲しいとの要望がありましたが、お断りしました。葉書を見せるということは、○○○さん(Aさん 以下同じ)の名前を知らせることです。しかし、その時点で、名前を明かすことを○○○さんに了解を取っていないばかりか、この件で、○○○さんと話したことさえなかったからです(すべて□□さんを通してのやり取りでした)。
 この場で水野氏はあまり発言しませんでしたが、事務所スタッフのミスであることを強調していました。また、父親に促されてお詫びの言葉を述べました。
 水野氏はこの時、私から理不尽に罵倒され続けたと言っていますが、水野氏が隠れて録音したというものをそのまま提出してもらえば、罵倒などしていないことがはっきりするはずです。

(2)その日のうち、水野氏から、問題の葉書を送った相手は○○○さんであることが分かったので、本人に謝罪して了解をもらったという連絡がありました。私は当然、水野氏が直接○○○さんへ謝罪したと思い、これで一件落着したと考え、その旨、水野氏へメールしました。
 ところが翌4月21日、□□さんから、○○○さんは水野氏の母親と電話で話しただけで、水野さんの訪問よりも書面での説明を求めたということを聞きました。私は驚いて、すぐ水野さんに短いメールを送り、「謝罪されたのはどなたですか?」「文書での対応を求められたと聞きましたが事実ですか?」と、2点を尋ねました。
 水野氏からは同21日、「私本人からお詫びのお手紙をお送りする予定でした。私から改めて○○○様にお手紙を差し上げます。」と、自発的に文書を出すことを強調する返信メール(乙16号証)がありました。
 その後、水野氏が詫び状を出したことを、□□さんからメールで知らされました。

(3)なお、水野さんが○○○さんに葉書の現物を見せるよう要求したことは、私は当時、全く知りませんでした。数ヵ月後になって、公開質問状に対する「抗議書」(8月9日付、甲30号証の1)で、私へもう1度要望がありました。同書ではすでに仮処分申請を通告していましたので、葉書は裁判所に提出すればよいと判断しました。


5  公開質問状について

(1)水野氏が、早川市議の議会発言取り消しとインターネット動画・議事録からの削除を求めているのを見て、葉書は、水野氏と私や○○○さんとの私的な問題ではなく、民主主義を問う次元の問題になったと感じました。さらに千葉地裁へ仮処分命令申立まで行ったので、なおさらです。
 政治家は言論の自由を最も大切にしなければならないのに、県議が市議会での自由な議論を抑制しようとしていると言わざるを得ません。また、動画・議事録からの削除は、市民の知る権利を制限することにもなります。

(2)さらに水野氏は、自分に不都合な個人の発言まで抑圧しようとしました。
 水野氏の市議会議長・副議長へ宛てた「申入書」では、妻が水野氏後援会の会員であるという立場から、自分の知人名簿を提供したと書いてありました。しかし、妻が知人を紹介したのは前述のような経過で、当時は後援会員ではないはずです。そこで、妻の入会申し込み書を見せて欲しいこと等をメールで求めました。(現在では、2012年7月の入会申し込み書が裁判所に提出され、2011年の名簿提供時は後援会員ではなかったことが証明されています。)
 しかし水野氏からは、弁護士を通すようにという返信がありました。これに対し私は、水野氏が直接対応しないのはおかしいと指摘するメールと、重ねて入会申し込み書の開示などを求めるメールを送りました。水野氏からは一切返事が来なくなりましたので、何回か送りました(水野氏によれば6月24日から7月11日まで約2週間で9通)。
 すると、水野氏の代理人弁護士からの通知が7月17日、配達証明で送付されてきました。ストーカー規制法に基づく千葉県迷惑防止条例を持ちだし、私は水野氏らに一切接触するなという内容でした。県議が県迷惑防止条例を、自分に都合の悪い発言を抑えるために使うなど、あってはならないと考えます。

 さらに、この代理人弁護士からの通知は、私が友人の△△さんへ送った全くの私信メールにまで言及し、市民に対する水野氏の「誹謗中傷」をやめるよう要求していました。△△さんが私のメールを引用して水野氏を批判したので、同氏の知るところとなったものです。(水野氏は場面によって△△さんのことを「後援会員の市民」と言っていますが、同一の人です。)

(3)私は、政治家がこうした手段で自分への批判を抑えるということは決してあってはならないと考えました。そこでまず、水野氏の市議会議長等宛て「申入書」と千葉地裁への「申立書」(債務者は早川市議)に関して公開質問状を出すことにしたのです。
 なお、公開質問状はあくまで事実に即して書くように努めました。水野氏から推薦の依頼があったかどうかの件も、「メールをもらった際、出馬には反対と伝えました。」と、事実だけを書いています。
 また、無所属の水野氏が民主党色の濃い私に推薦依頼するはずがないという主張については、私が民主党政権の現職の消費者庁長官であった時に、私を「政治の師匠」とアピールしていたこと等と、論理の整合を尋ねています。

(4)公開質問状の送付先について水野氏は、ツイート(乙17号証)で自治会長や会社の元上司にも送ったとし、いかにも私が嫌がらせをしているかのような印象を与えようとしています。
 しかし、自治会長は前述の自主講座に私が直接案内を出し、しばしば参加していた方です。会社の元上司とは、私がテレビ番組で一緒に出演した元テレビ局解説者です。いずれも水野氏を介さず、私が直接知り合った方であることを申し添えます。


6 画策などありえないこと

(1)今回の葉書がねつ造されたものだという水野氏の主張を聞いて、愕然としました。
自分(事務所)のミスを、敵対者が自分を陥れるために行った「画策」にしてしまったのです。全く普通の市民の方まで、画策の一味として騒動に巻き込み、被害者と加害者が逆転してしまいました。空いた口がふさがらないというのはこのことです。

(2)私自身も選挙を経験しましたし、市議時代には県会議員選挙も2回手伝った経験がありますが、水野氏が親名簿と新規名簿だけで8000枚を整然と書いたというのは、あまりに現実離れしていると感じます。
 基本方針はそうであっても、8000枚は容易ではなく、実際にはあらゆる名簿をかき集めて書くのが普通であり、その中で起こったミスだと推察します。
 実際、妻による紹介者の名簿は新規名簿ではありませんが、新規名簿以外は親名簿しかなく、親名簿は宛て名はラベルで推薦者欄は空欄で出すよう決まっているならば、「スタッフの1人が誤って手書きで記載してしまったもの」があり、「1枚は確実に破棄したとスタッフが記憶しています。」(市議会議長等宛て「申入書」)ということがなぜ起こるのか、説明がつきません。

(3) 私は、水野氏が県議選立候補を決意したというメールを読んだ時、市議選後も私のことを「師匠」と宣伝するのを黙認してきた責任として、2つのことをやらねばならないと考えました。
 1つは、県議選立候補に対する私の考えを、明確に水野氏へ伝えることです。これは、2月20日のメールと、翌日に中央学院大で会った際に伝えました。
 もう1つは、最低限、私が現在一緒に活動している人たちへ、今回の県議選で私は水野氏を応援しないと伝えることです。水野氏は、少なくとも県議選の投票日までは、私と政治哲学が異なる、私のことは師匠で無くなった、と一度も公表しておらず、今回の県議選でも私は水野氏を応援していると思う人がかなりいたためです。
 ただこの周知は、選挙直前であったため、きわめて限定的にならざるを得ませんでした。選挙妨害になるようなことは控えたからです。
 なお、星野市長が推薦人になったからといって、私が水野氏を支持しないことは明確になりません。私と星野市長は選挙で争ったわけではないし、私は星野市長の対立候補を応援したこともないし、不特定多数の市民の前で星野市長を批判したこともないからです。
 以上の2つが私にとっての課題でしたが、いずれにしても選挙が終われば、これ以上、水野氏と関わるのは止めたいと考えていました。従って、私が葉書を捏造してまで達成したいものは何一つありません。


(4) 早川市議や飯塚誠元市議、「あびこ未来」の所属市議らと共謀することもあり得ません。そもそも交流がありませんでした。
水野氏とは、同氏後援会の集まりに何回か出席したり、私の主宰する自主講座に案内したりしましたが、早川議員らの会合には1度も出席したことはありませんし、早川議員らが自主講座に参加したこともありません
 今回の早川議員の市議会質問については、週刊ポストから取材を受けた際に、記者から聞いて初めて知りました。その時すでに水野氏は撤回の申入書を出していました。

(5) そして何よりも絶対にあり得ないのは、亡くなった妻を、工作の材料に使うということです。葉書の存在も、議会の質問も、週刊紙の記事も、私にとって言いようもないほど不愉快で悲しいものです。それをわざわざ私が作り出したというのでしょうか。
 水野氏は、もう少し人の悲しみに、人間らしい想像力を働かせて欲しいと思います。


以 上

水野ゆうき千葉県議による仮処分取下げを批判する

弁護士 佐 藤 典 子


敗訴を忌避したか?水野氏の姑息な仮処分取下げ
 千葉県議水野ゆうき氏は、10月26日付で、我孫子市議早川真氏及び我孫子市を相手取って起こしていた議事録取消しを求める仮処分訴訟(注1)を取下げました。
 この事件は既に双方の主張・立証が終って結審し、11月には裁判所の判断が出ることが決まっていたものです。このタイミングで訴えを取下げるというのは、水野氏が敗訴を認めたことと同じです。ところが、水野氏が自身の公式ホームページで述べている取下げ理由は、不正確な自己弁護であり、読んだ人に誤解を与えます。
 まず、「証人尋問等ができず、手続き及び証拠の制約のある仮処分手続きでは、真相究明ができないと考えたからです。」と述べている点については、弁護士が代理人に就いている以上、その制約の中で立証する種々の方法や、正当な理由があれば証人尋問のできる口頭弁論を開くよう要請する方法もあることは分かっているはずです。そもそも、仮処分手続きを選んだのは水野氏の方です。
 

言論封殺が最大の問題。問われる水野氏の憲法理解
 次に、「本件事件は、8000枚の公選はがきのうちのたった1枚に記載ミスがあった可能性について針小棒大に問題としているものであり」と述べている点については、完全に事実に反します。
 この事件は、水野氏が申立てた早川市議の議会発言の議事録取消し要求が、言論の自由を保障した憲法21条に反しないかどうかが第一の論点です。
 民主主義社会である我が国においては、公の選挙で選ばれた人物(県議会議員はこれに当たります)に対する批判は、その内容が名誉を傷つけるものであっても原則自由とされています。例外は内容が全くの虚偽で、単なる誹謗・中傷目的である場合などに限られます。これは最高裁の判例でも明言されています。
 現に裁判所もこの事件を憲法に関わる問題との認識から合議体(3人の裁判官の合議による)で審理することに決めていました。(注2)

  次に、推薦人欄に死者の署名のある公選はがきを水野ゆうき選挙事務所が発送したか否かも論点です。それは、早川市議の発言が事実無根の中傷であるかどうかという意味で重要なのです。そして、そういう葉書が現存したことは、実物が提出されて明らかになりました。しかも、署名を無断ですること(死者ですから承諾はありえません)は、単なる「記載ミス」とは言えません。
 水野氏は今後「本裁判に移行することとしました」と言いながら「延々と争うことは、県議会議員として有権者の皆様に付託された職務に邁進しなければならない私にとって一体どれだけの意味があるのかという疑問があります」「本訴提起の時期については今後の情勢を見て判断することとします」と逃げを打っています。本裁判でも勝ち目の無いことがはっきりしているからです。

 水野氏は、亡くなった夫人の名前を公選はがきの推薦人欄に書かれた被害者である福嶋浩彦氏を相手取って、そのことに関する福嶋氏の発言を差し止める別の仮処分(注3)も申立てています。私はこちらの事件で福嶋浩彦氏の代理人を務めています。二つの事件の重要な論点は共通で、福嶋氏の事件も近々結審します。
 水野氏が仮処分申立を大々的に発信・宣伝したことにより、多くの人々が裁判の行方に関心を持って見守っています。しかもその発信の中で、水野氏は福嶋氏の名誉を毀損する事実無根の多くの発言をしました。訴訟の相手方とされたことにより、対応に多大な時間や労力を費やさなければなりなかったことも福嶋氏が被った被害です。これらの被害は裁判所の正しい判断がなされることによって、かなりの程度回復されると期待しています。
 従って、水野氏が早川氏及び我孫子市相手の事件で行ったように、取下げることで裁判所の判断を回避することは、絶対に止めていただきたいと思います。
 この期に及んで取下げなどと言う姑息な手段をとらず、堂々と裁判所の判断を受けるよう、水野氏に強く要請します。


(注1)2015年4月千葉県議会議員選挙に於いて候補者水野ゆうき氏の公選はがき推薦人欄に、当時亡くなっておられた福嶋浩彦氏夫人の名前が書かれてあった件。これを我孫子市議早川真氏が議会で取上げたことについて、水野氏が早川氏と我孫子市に議会発言取消しとインターネット動画・議事録からの削除を求めた仮処分申し立て。

(注2)仮処分事件は通常単独事件と言って一人の裁判官が担当します。しかしながら、憲法問題が絡むなど社会的影響が大きい事件は、合議事件として3人の裁判官で構成する合議体に回されることがあるのです。

(注3)水野氏の早川氏と我孫子市に対する仮処分申し立てが言論を封殺し、市民の知る権利を制限するという危機意識のもとに福嶋氏が水野氏に公開質問状を送るなどして糾したのに対して、水野氏が起こした、福嶋氏のこの件に関するすべての発言を差し止める旨の仮処分申し立て。